山の私、38度の東京の私

作曲家やピアニストの方々と、
山へ行って来た。
今年の東京は、梅雨明けからずっと、
35、36度なんて当たり前。
昨日なんて、練馬38.1度!
さわやかな山の空気の中で過ごした数日間は、
別世界にいるようだった。
参加した女性たちのほとんどが20代。
音楽や音楽教育について、情報交換をしたり、
一緒に考えたり。
良い刺激を受けた。
山歩きにも、思い切って参加。
事前に、服装や靴について、
いろいろアドバイスを受けたのだが、
結局、何も揃えず、
いつものジーパンとスニーカー…。
ジーパンなど、「汗をかくと乾きづらく、
ストレッチが効いていないと下り坂がつらいのでNG」、
とのことだったが。
案の定、「ジーパンで来たの!」と言われた。
その上、皆には内緒にしていたのだが、
集合場所に向かう途中、
スニーカーの底のつま先部分が、ぱっくり開いて、
ぎょっとした。
う〜ん、と一瞬考え、
えいっと引っ張ると、
ゴムがうまくちぎれてくれたので、
そのまま行くことに。
念のため、もう一方の靴底を見ると、
やはりゴムが、ぱかぱかしていたので、
同じように引きちぎった。
こんな具合なので、何の覚悟もなかったのだが、
想像以上に道は険しく、
枝や岩につかまり
水溜りをよけ、
ぐらぐらと動く石の上に、
そろそろと足場を探して進んだ。
周りの女性たちも、
やはり山歩きの経験があまり無いようで、
全体にゆっくりとしたペース。
昼過ぎ、頂上到着をついに諦め、
責任者が「名誉の撤退!」の号令。
山を下るのも、なかなか大変。
足元から石がころころと、
転がり落ちて行く。
しりもちをついたり、
足をひねったりする人も出て、
皆、やや緊張した面持ちで、
そろそろと降りて行く。
そこに忽然と現れた、おじさんたち。
「あれ、君たち、今から登るの?」
「いえ、下山しています。」
「え、下山?
 頂上にもいなかったし、すれ違ってもいないよね?」
おじさんたちは不審そうな顔をして、こちらをじろじろ見た。
おじさんもおばさんも、60歳過ぎだろうか、
もしかしたら、それ以上だろうか。
その集団が、両手にストックを持って、
トントン石をつつきながら、
軽やかに降りて来る。
まるで足の裏に吸盤がついていて、
岩肌にぴったりと密着しているかのようだ。
「え、途中で引き返したの?
 なに、避難小屋までしか行かなかった?
 なんの景色も見てないんだね。
 わっはっは」
おじさんたちは、「若いもんには負けられない!」
と言いながら、ざっざっざっ、と、
降りて行ってしまった。
おばさんたちも、おとなしそうな普通の人に見える。
おばあさんと言っても良さそうな雰囲気だが、
足の運び方が、私たちとはまるで違う。
私は、周りの女性たちに、
「皆も毎年、山登りをすれば、
 あのおじさんやおばさんの歳になる頃には、
 ものすごい経験者になっているでしょうね」
と言った。
自分はどうしようか。
来年、再来年の目標を立てて、
山登りのトレーニングを積んでみるか。
ちょっと私も、やる気を出したのだが、
38度の東京に帰ると、元の自分に戻ってしまった。