西本智実さん指揮 ロシア国立交響楽団(ジャパンツアー2011)

海外の音楽家たちが、未だに次々と演奏会をキャンセルする状況の中、
ロシア国立交響楽団の主席客演指揮者に就任した
西本智実さんが、同交響楽団と共に来日した。
私が聴いたのは、ロシアの作曲家チャイコフスキー(1840〜1893)の作品を、
ずらりと並べたプログラム。(サントリーホール)
特に、交響曲第5番は、今回の聴衆ひとりひとりにとって、
思い出に残るであろう熱演だった。
交響曲第5番は、重く暗いメロディーで始まる。
これは「運命」の主題と呼ばれ、曲全体を通じて、
何度も何度も出現する。
西本さんは、不安と葛藤に満ちたこの第1楽章を、
魂を込めて指揮した。
第2楽章のアンダンテ・カンタービレは、まるで祈りのよう。
第3楽章のワルツは、夢を見るような美しさで、
つかの間、どこか遠い彼方へ、私たちをいざなってくれる。
「運命」は様々に姿を変え、
雷鳴のごとく激しくとどろき、荒れ狂う場面もあるが、
最終楽章では長調に転調。
明るく輝かしく雄大なものとなる。
運命に打ち克ち、希望を見出したのだ。
極寒のロシアで長年修行を積んだ、西本さんの今までの歩みや、
2ヶ月前に起こった大震災…。
様々な思いが、胸の中をよぎる。
ステージをぐるりと囲む満員の客席では、居眠りをする人は無く、
多くの人が、身を乗り出すような前傾姿勢で、一心に耳を傾けた。
ワルツでは、人々は体全体で拍子を取り、
その心地よさに身を委ねる。
柔らかい揺れるような波動が起こる。
終盤では、ステージと客席の一体感はますます強まり、
私たちは、西本さんの気迫に満ちた音楽を全身で受け止め、
一緒に呼吸をし、
心の中で、その音楽を共に奏でた。
最後の音が消えてから、時が止まったかのような長い長い沈黙。
そして、大きな拍手と歓声が湧き起こった。
西本さんとオーケストラを360度囲む聴衆が立ち上がり、拍手し、手を振る。
西本さんは舞台の袖にほとんど戻らず、
ずっと指揮台の脇にたたずみ、微笑んでいた。