ミロ・クァルテットの「ブラック・エンジェルズ」 (クラム作曲)

アメリカの弦楽四重奏団、ミロ・クァルテットが、
1回1テーマで、4回の公演を行っている。
私が聴いたのは<アメリカへの旅>。
まずドヴォルザーク弦楽四重奏曲アメリカ」、
続いて、現代アメリカの作曲家、
ケヴィン・プッツの作品が演奏された。
休憩の後は、いよいよ、現代アメリカの作曲家
ジョージ・クラムの作品、
「ブラック・エンジェルズ 〜暗黒界からの13のイメージ〜」。
何人ものスタッフの方が、がらんとしていた舞台に、
様々なものを運び込む。
楽器の音をアンプで増幅するためのマイクやスピーカー。
ジョージ・クラム自身、楽譜表紙のタイトルの下に、
「エレクトリック・ストリング・クァルテット」と記している。
楽譜に記載されている、クラムの説明によると、
音をアンプで増幅することは、
高度にシュールレアリスティックな効果を生むと言うのだ。
それから大きな銅鑼(どら)が2セット、
さらに、後方の台の上に、たくさんのグラスが設置された。
グラスの大きさは様々で、7個ずつセットになっている。
それが3セット。
そう、奏者達は、このグラスを弓でこすって弾くのである。
(演奏終了後、ステージに近寄ってみると、
他にも奏者の椅子のそばに、大きめのクリップや、指ぬき、
ガラス棒なども置いてあった。)
演奏者もステージに現れて、細かいチェックを重ねる。
ようやく準備が整い、ステージの人影がなくなる。
弦楽四重奏を行うコンサートでは、通常ではステージの上には
椅子が4つだけ、・・・なのだが、
この光景は映画のセットか、何かの実験室のようだ。
演奏開始。
メンバー達は、互いにうなずき合うと、虫の羽音のような音を
一斉に鳴らす。
「挽歌I: 電気昆虫の夜」。
金切り声のように高い、細かく震える音。
生で聴くとおそらく繊細な音なのであろうが、
スピーカーを通すと、しびれる様に震える不協和音が強調され、
不気味さが際立つ。
「ブラック・エンジェルズ」は、
まず大きく「出発」「不在」「帰還」という
大きな3部分に分かれている。
さらに各部は、5つまたは4つの部分から成り立ち、
全体では小部分は13になる。
この13という数字は、もちろんキリスト教で不吉とされる数で、
この曲自体、13日の金曜日に完成されているなど、
曲の重要な鍵となっている。
(作曲は1970年)
「不在」のふたつ目、「挽歌II:ブラック・エンジェルズ!」は、
13の部分の中央にあたるが、ここでは、演奏者たちが大きな声で、
「ジュウサン!」と叫ぶ。
その部分の楽譜は次の通りである。


また、一番最後の13番目の部分、
「挽歌III:電気昆虫の夜」の終結部、
この曲を締めくくるところでも、
「ジュウサン」と囁かれる。
この部分の拡大した楽譜も次に載せる。

この最後のところでは、演奏者たちはグラスをガラス棒で
そっと叩きながら、日本語で数字を囁く。
クラムは、演奏家による視覚的・演劇的要素を、
音楽の魔力の一部と考えている。
単にヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを弾くにとどまらない
演奏者たちの様々なパフォーマンス。
そこから生まれる音や声の断片、そして余韻、沈黙…。
それらは一体となって、無限の広がりを持つ空間感覚と、
永遠性を持つ独特の時間感覚を、
客席の私たちに引き起こすのである。
このコンサートの模様は、8月6日(金)午前6時から
NHKのBSハイビジョンで放映される予定だそうだ。