公開講座「世界のバリトン、堀内康雄氏の魅力」

新宿の朝日カルチャーセンターで、
声楽家の堀内康雄さんをお招きした講座が開かれた。
聞き手は、音楽評論家の加藤浩子さん。
現在、イタリアのミラノに在住、
世界を舞台にヴェルディのオペラを歌う堀内さんは、
とても明るく前向きな方で、
強運を引き寄せる力を持っていると感じた。
苦労話を聞いても、何だかユーモラスな面があり、
自分を信じてチャレンジすることのすばらしさが伝わる。
慶応大学法学部の学生だった堀内さんが就職活動をした頃は、
バブルの真っ最中。
周囲の友人たちは、金融関係への就職を決めた。
堀内さんは、歌う時間がほしかったので、
金融に比べると余裕のありそうな食品メーカーへ入社した。
そもそも堀内さんは、少年時代から歌ひとすじ、
というわけではなく、
大学の男声合唱団に入ったことが、
歌うようになったきっかけだという。
今や堀内さんは、バリトン歌手として成功を収めているが、
合唱団に入った時にバリトンだと言われたことが、
その出発だった。
さて社会人生活は、赴任先の札幌で始まったが、
仕事は想像以上に忙しく、大変だった。
1年たった頃、大学の合唱団で指導を受けた
声楽界の大御所、畑中良輔先生に、ある集まりで再会する。
畑中先生は、歌わないと声がサビつくと言い、
札幌在住の声楽の先生を紹介してくれた。
そして、ようやく、そこで初めて堀内さんは、
イタリア・オペラに出会ったのである。
レッスンを始めて1年目は何もしなかったが、
その後、コンクールを受け始め、
ついに「イタリア声楽コンコルソ」で優勝を果たす。
優勝者にはイタリア留学への道が開かれていたが、
急に心配になり、将来のことなどをいろいろな人に相談。
そんな頃、お昼どきに札幌市役所の
ロビーコンサートに出演していたら、
たまたま取引先の方に見られた。
その方は、たぶん好意的に言ったのであろうが、
「お宅の社員が、市役所のロビーコンサートで、
 歌ってますよ」
と聞いた会社側はびっくり。
支店長に呼び出された堀内さんは、
「昼休みですよ」と弁明したものの、
「営業に昼休みなどあるか!」と一喝される。
そして、ついに留学を決行。
「19年前の昨日、飛び立ったんですよ」と語る堀内さんの顔に、
笑みが浮かんだ。
堀内さんにとっての、最初の一歩は、
社会人になってから踏み出されたものであった。
また、それまでの道のりでも、
堀内さん自身が下した決断ももちろんあるが、
成り行きでそうなったこと、偶然のできごともたくさんあった。
身に降りかかる様々な事柄が、
良いことなのか、悪いことなのか、
その場ではわからないものだ。
しかし、堀内さんは何もかもを、すばらしいエネルギーで、
プラスの方向へ持って行く。
有名大学を卒業し大企業へ就職、というコースを自ら捨て、
出会ったばかりのイタリア・オペラを勉強するために留学…。
それは大変思い切った決断と思うが、
まずその一歩を踏み出したからこそ、
堀内さんの人生は、大きく変化した。
勇気、決断、実行が、
人生の可能性を大きく開く、という実例を、
目の当たりにした思いだった。