最後の汽笛

まぶしい夏も、もうすぐ。
そんな時、心の中によみがえる、遠い日のできごとがある。
まだ私が10代だった夏。
初めての北海道行きに、連絡船を選んだ。
明け方、青森に着く。
線路の向こうに、海が広がる。
朝日を浴びて、輝く海。
初めて聞く、汽笛の音。
船は港を離れ、青空の下、勢い良く滑り出す。
目指すは函館。
友達とはしゃぎながら、船の中を探検する。
船員さんが、記念写真にどうぞ、と、
白い制帽を貸してくれた。
乗務員室に案内され、神棚に手を合わせる。
旅の安全を祈った後は、
海に生きる船員さんたちの話を聞いた。
希望に満ちた、旅の始まり。
北海道は、私の心のふるさとになり、
夏が来るごと旅するようになった。
そして、何回目かの夏。
連絡船の廃止が、間近に迫っていた。
青函トンネル開通のためだ。
私は、連絡船での最後の旅に出た。
北海道を廻り、函館で友人と別れ、
ひとり帰りの船に乗る。
あれから何度、連絡船に乗っただろう。
船が、ゆっくり港を離れる。
これが最後、と思いながら、船内を巡る。
「前に、この船に乗ったことが、ありますよね?」
突然、声をかけられた。
初めての乗船の時、制帽を貸してくれた船員さんだった。
何という、思いがけない再会だろう。
青函連絡船の記念ビデオを、作っているという。
私も、連絡船のファンのひとりとして、
その映像の中に、永遠に刻み込まれることになった。
乗務員室で、船員さんたちから、数々の思い出話を聞く。
船の写真を、たくさん見せてもらう。
船の人たちは皆、寂しそうだった。
船長さんが、私に言った。
「今までありがとう。
 もうすぐ青森に着くけれど、
 汽笛を鳴らしてみませんか?」
夕闇の中、船は静かに青森港に到着する。
私の鳴らした汽笛が、長く、遠く、海に響いた。