「シンセの演出家 冨田勲さんの音のパレットをのぞく」 第1回(1982年)

先日、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科
ミュージックアンドサウンドプロジェクト、及び
公益財団法人ローランド芸術文化振興財団の主催する、
スペシャル対談第2弾「音楽とイノベーター」が行われた。
ホスト・インタビュアーは脳科学者の茂木健一郎さん、
ゲストは、作曲家・音響クリエーターの冨田勲さん。
予定時間を大幅に超える、熱気あふれる対談だった。
思わず、冨田さんのレコードを愛聴した学生時代を思い出した。
私が19歳の時に、冨田さんの音楽について書いたものが、運良く見つかったので、
何回かに分けてご紹介しようと思う。

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「シンセの演出家 冨田勲さんの音のパレットをのぞく」 第1回

   <<「音のパレット」シンセサイザー>>

「世界のトミタ」が処女作『月の光』のマスターテープを完成させて十年。
最新作『大峡谷』で、彼の作品もアルバム八枚となった。
いちはやく、音楽に対するシンセサイザーの底知れぬ可能性に気づき、
冨田さんは個人として、また日本人として初めて機材を購入したのだが、
当時は詳細な解説書がなく、操作に大変苦労したそうだ。
が、なかなかどうして、『月の光』は、すばらしい出来ばえである。
単にドビュッシーの音楽を「宇宙の音」に置き換えただけに留まってはいない。
輝かしい色彩感に溢れるサウンドで表現された、
彼自身のイマジネーションの世界が、
すでに、確かな説得力を持って存在している。
展覧会の絵』『火の鳥』『惑星』『宇宙幻想』『バミューダ・トライアングル
『ダフニスとクロエ』『大峡谷』と、アルバム制作が重ねられるに従って、
新しい機材が導入され、テクニックにも、さらに磨きがかかった。
しかし、彼の、音楽を創る上での基本姿勢は、少しも変わっていない。
彼の音楽を支えているのは「シンセサイザーは音のパレットだ」という信念である。
「機械の出す音は冷たい」とは、
シンセサイザー音楽に関してよく耳にする言葉だが、
自分の音楽をどのような音で創り上げるかは、
シンセシストそれぞれの考え方次第である。
シンセサイザーのクールで無機的な音で、
いわゆるピコピコサウンドを作って成功しているのは
イエロー・マジック・オーケストラなどだが、彼らの「テクノ・ポップ」の武器は、
まさにその機械的「クールさ」そのものである。
冨田さんのサウンド作りは、それとは別の方向を目指すもので、
クールさや、機械音的印象をなくした豊かな音楽空間を創ることが目標である。

   <<人間的「感性」と「想像力」による曲創り>>

冨田勲の世界』というレコードに、彼がどのようにして曲作りを行っているかという
興味深いプロセスが、『ダフニスとクロエ』などを例として吹き込まれている。
『ダフニスとクロエ』では、曲はまずメロディー、
小鳥の声(実際のさえずりの模倣音を加えている)、
バックコーラス、アルペジオ(分散和音)の四パートに分けられ、
各パートは完成の後、重ね合わせられるのだが、そのパートごとの制作は、
何と手の込んだものであろうか。
メロディーは、十以上もの段階を経て完成されるが、
簡略にまとめると次のようになる。
(1)ヴァイオリンのような音色を出す鋸歯(きょし)状波(のこぎり状の波、図1)の音で
  メロディーを作る。

(2)ビブラートをかける。
(3)音高による音色の調整をする(音が高く、強くなる所は音を輝かせ、
  低く、弱くなる所は柔らかくする)。
(4)豊かな音響にするため、音を数十回重ねる(音に厚みを加えるため、
  それぞれの音のビブラートを微妙にずらす)。
(5)できたメロディーは中央チャンネル用とし、ステレオ効果を出すため、
  さらに右チャンネル、左チャンネル用のメロディーを作る。
(6)エコーをかけて各チャンネルのメロディーを重ねる。
彼は、「音楽」を創ることを機械に任せない。
シンセサイザーは、彼のイメージする音を奏でる道具なのである。
他のシンセシストの曲には機械がひとり歩きしているような場合も見受けられるが、
冨田さんの前では、機械は、ミルクを待っている赤ん坊のようなものだ。
『大峡谷』で、彼は、彼の楽器群を「プラズマ・シンフォニー・オーケストラ」と名付け、
自らは指揮者の地位に就いている。
各パートの機材が紹介されていて、例えば、第一ヴァイオリンは
モーグIII+モーグシステム55という具合である。
新しい機材や技術は、用いられ得る絵の具の量を増やした。
が、彼が機械に求めるのは、パレット―求める色を作り出す場―の役目である。
彼は、『大峡谷』なら『大峡谷』に対して自分なりの音楽像を持っていて、
細かいプロセスを経て、それを実現させる。
大規模な機材を用いながらも、一つ一つの素材を自分自身の感性で確かめ、
少しずつそれらを重ねてゆく―。
緻密で手の込んだ曲創りによってアルバムは完成される。
彼の成功は、まさに人間のものであるところの感性と想像力に依る。

(第2回に続く)