1台のピアノのみをバックに
円熟した歌をじっくり聴かせてくれた
ホセ・カレーラス。
テーマは「夢」。
トスティの「夢」、グリーグの「夢」、
チェザリーニの「夢見るフィレンツェ」。
「夢」をタイトルにした3名の作曲家たちの歌曲は、
詞の内容の違いから、まるで異なる様相を呈する。
プログラムに掲載された歌詞を、一部ご紹介しよう。
「夢の中の君はひざまづき
主に祈る聖者のように
目深に私を見つめていた
愛をたたえたまなざしで
(中略)
しかし君の唇が私の顔に触れた瞬間
私の頑なな心は力尽き
目を閉じて君に腕を差し延べた
そんな私が見た美しい夢ははかなく消えた」
トスティ作曲 「夢」
(詞: L. スケッテッティ 訳: ビザビジョン)
「美しい夢を見た
それはブロンドの少女との恋
深い緑の森で
暖かな春に
(中略)
おお 春の緑の森よ!
おまえは私の心の中に いつまでも・・・
現実は夢となり
夢は現実となった」
グリーグ作曲 「夢」
(詞: F. ボーデンシュテット 訳: ビザビジョン)
「フィレンツェよ 星の衣をまとった 今宵の君は美しい
小さな炎のように 光り輝いて
(中略)
アルノ川の川岸の上では
愛のハーモニーが聞こえる
胸を合わせ 固く抱きあう
恋人たちの囁きも」
チェザリーニ作曲 「夢見るフィレンツェ」
(詞: C. チェザリーニ 訳: 安江幸子)
ホセ・カレーラスの歌は、
長いキャリア、豊かな経験に基づく、深い解釈を感じさせる。
前半、トスティの歌曲が6曲続く途中、
「夢」、「秘密」のあたりでは、思わず涙がにじんだ。
後半は、リャック、ラミーレス、オブラドルス、
ナーチョ、デレヴィトスキー、デスポジト、
ヴァレンテ、チェザリーニ、
そしてカルディッロの「カタリ・カタリ」。
初めて聴く曲が多かったが、
特に私の心をとらえたのは、
ヴァレンテの「パッショーネ」。
「(前略)
君は僕の血の中に注いだ、
毒を、甘い味の毒を。
だが、僕には苦痛でない
君のために負うたこの十字架なら。
僕は君を求め、君を思い、君を呼ぶ・・・
君の姿を見、君の声を聞き、夢を見る・・・
(後略)」
ヴァレンテ作曲 「パッショーネ」
(詞: L. ボヴィオ 訳: 小瀬村幸子)
カレーラスの歌唱から、伝わる。
歌詞があり、音楽があり、そしてまさに歌おうとするその前に、
解釈があることを。
3大テノールと言えば、比類のない豊かで美しい声の
持ち主たちとして知られているが、
今回のカレーラスによる歌曲の夕べでは、
深い解釈が、聴き手のイマジネーションを羽ばたかせることに
気づかされた。
アンコールはアディンセル、デスポジト、
アカンポーラ、ファルヴォ、
そして5曲目にクルティスの「帰れソレントヘ」。
鳴り止まぬ拍手と大歓声に、
カレーラスはいつまでも笑顔で応えていた。