「名月を偲ぶ時節に琵琶の名曲を味わう」
というテーマによる演奏会で、
上原まりさんの「平家物語」が披露された。
「祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ」(「平家物語」冒頭部分)
穏やかな笑顔で解説する上原さんは、
いざ演奏、という段になると、
静かに目を閉じ、一瞬の沈黙を作る。
そして、まぶたを開くやいなや、
いにしえの時代から蘇った語り部のような表情となり、
私たちを物語の世界へといざなう。
物語を彩るように奏でられていた琵琶は、
段々と激しさを帯び、
クライマックスに達する。
急に音が鳴り止み、
静寂の中、語る声だけが響く。
絶妙な間合いで、物語は進む。
「祇園精舎」、「入道死去」、「壇ノ浦」の三曲は、
琵琶の弾き語りで演奏され、
「入道死去」と「壇ノ浦」の間に、
琵琶のみで演奏される
「南都炎上」が挿入された。
「南都炎上」は上原さんにより、
一から作曲された曲だ。
終演後、上原さんにお話を伺った。
作曲は少しずつ進められ、
最終的には、琵琶譜として書き留められるが、
この琵琶譜とは、筑前琵琶独特のものだという。
「祇園精舎」などは、
お母さまから受け継がれた伝統を踏まえた上で、
作曲されたとのことだ。
かつて上原さんには、平家物語に関するあらゆる本を求め、
丸暗記するように取り組んだ時期があったという。
その頃、平家物語の世界は、大きな岩のようであったが、
今では、平家の人々が友人のように感じられる、とのことだ。
過去の歴史として語ろうとするのではなく、
まるで親しい友人の出来事のように語る。
登場人物ひとりひとりに対する思いが、
一音一音に重なるからこそ、
聴く人の心に迫る演奏となるのだろう。