レオ・ヌッチ バリトン・リサイタル

20年前、ザルツブルク音楽祭(1990年)で上演された、
ヴェルディ作曲のオペラ「仮面舞踏会」。
実在のスウェーデン国王暗殺事件を元に、
ヴェルディが書いた大作オペラだ。
この上演の模様をDVDで観た時、
強烈な印象が心に刻みつけられたのは、
主人公のプラシド・ドミンゴよりもむしろ、
レオ・ヌッチであった。
ドミンゴ演じる国王に仕える、
忠実な臣下。
これをヌッチが演じるのだが、
主君が自分の美しい妻を奪ったという疑いに苦しみ、
遂に主君を殺害してしまう。
人格が変貌し、声に鬼気迫る凄みが現れる。
私は、ヌッチの歌と演技に圧倒された。
今年68歳になるヌッチが、
東京オペラシティコンサートホールのステージに登場。
「悪魔め、鬼め」(リゴレット)、
「お前こそ魂を汚すもの」(仮面舞踏会)、
不条理な運命や、怒り、憎しみを、
心にぐさりと来るような迫力で訴える。
声はホールに響き渡り、まるで衰えを感じさせない。
一方、明るく陽気な「私は町の何でも屋」(セビリャの理髪師)では、
表情をくるくる変えて、飛んだり跳ねたり。
早口も超絶技巧的で、
生き生きとした若者、フィガロを演じた。
1曲ごとにブラーヴォの声が上がっていた会場は、
最後は大騒ぎとなり、ステージ前に聴衆が押し寄せた。
大歓声に応えて、ヌッチはアンコールを4曲も披露した。
4曲目でヌッチは胸ポケットから一枚の紙片を取り出し、
それを読み上げた。
「ミンナデ、ウタイマショウ」と日本語で。
そして、聴衆と共に歌った「オー・ソレ・ミオ」。
ヌッチが名人芸的に、音をどこまでも引き延ばすと、
聴衆もそれに合わせて、どこまでも音を延ばす。
なぜ皆こんなにイタリア語で歌えるのだろうと、
私は感心しながら、歌詞のわからないところは、
ラララと歌った。
大合唱の終わった後、聴衆は心から満足して、
家路についた。

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Leo Nucci held a bariton recital at Tokyo Opera City Concert Hall.
He is 68 years old but his voice was resonant.
We sang "O Sole Mio" with him.