東京フィルハーモニー交響楽団は、今年、記念すべき創立100周年。
その長い歴史を誇る東京フィルの定期演奏会に、
初めて女性指揮者が登場した。
1980年生まれの、若さ溢れる三ツ橋敬子さん。
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」とピアノ協奏曲第5番「皇帝」の
二本立てという、豪快なプログラム。
並々ならぬ意欲と、チャレンジ精神が感じられる。
きりりとした表情の写真からは、なるほど、
「美しすぎる指揮者」と呼ばれるのも、
うなずけるような気品が漂う。
ところが実際に、三ツ橋さんを目の当たりにして驚いた。
ポニーテールに、リクルート用のパンツスーツのような装いで登場した彼女の、
なんと小柄なこと!
それが指揮が始まると、とてもきびきびしていて、腕の動きも大きい。
高い集中力があり、ベートーヴェンの音楽に、
誠実に向き合おうとする姿勢が感じられた。
インタビューによると、三ツ橋さんはピアノを学び、
ブラスバンドや合唱団での活動経験もあったが、
当初は音楽家になることを、考えていなかったという。
ところが中学3年で、転機が訪れた。
「通っていた音楽教室で海外に行き、
イスラエルのラヴィン首相の昼食会に招かれて、
首相が出された音に拠るピアノの即興演奏をしました。
首相夫妻も大変喜んで下さり、
音楽を通してコミュニケーションできることに
嬉しさを覚えました。
ところが4日後、私達の公演の最中に、
会場の近くで首相が暗殺されたのです」。
三ツ橋さんは、「音楽の力で何か状況が変わるのではないか、
人と人が、繁がっていけるのではないか」と考えたという。
この事件は、まだ少女だった三ツ橋さんに、
強い決意をもたらしたに違いない。
ベートーヴェンが「英雄」を書いたのは1803〜04年、
「皇帝」を書いたのは1809年。
ナポレオンが台頭したフランスと、
ベートーヴェンが生まれ、
そして移住したドイツ・オーストリアとの争いが度々起こり、
オーストリアのウィーンが、フランス軍によって一時占領された、
動乱の時代であった。
作曲家が生きた戦乱の世の危機感や、人々の苦悩というものを、
三ツ橋さんは、私たちよりもずっと深く感じ取れるのではないか。
「音楽をそのままの形で伝える」ことを大切にする彼女が、
今後、より一層深く楽曲を理解し、私たちに届けてくれることを、
とても楽しみにしている。