横山幸雄さん “入魂のショパン”

今年で3回目となる、ゴールデンウィーク開催の
横山幸雄さん「ショパン全曲連続コンサート」。
今回のタイトルは、「“入魂のショパン” ーショパンの遺志を追い求めてー
ショパンが自ら作品番号を付して世に送り出した全149曲」だ。
ショパン全曲連続コンサート」は、2010年のショパン生誕200年を契機に始まり、
「24時間以内にソロ・アーティストが演奏した最大曲数」において、
ギネス世界記録を達成したことでも、マスコミに取り上げられ、注目された。
今回は、「ショパン自身が作品番号を付け公に出版したもの」のみが、
作品番号順に演奏された。
横山さんは、“この形こそまさに作曲家ショパン自身が認めた
ショパンの全作品」”と述べている。
今回の目玉は、ショパンのピアノ協奏曲の「ソロヴァージョン」。
横山さんは、プログラムの中で次のように述べている。
”これは驚くべきことだと思うのだが、
 最近の研究によるとショパンのピアノ協奏曲の
 オーケストラパートを書いたのは
 ショパン自身ではない可能性があるという。(中略)
 ところで、このピアノ・ソロ・ヴァージョンのピアノ協奏曲は
 ショパンの手によるものらしい。
 こちらがそもそものオリジナル・・・?なんか話があべこべだ。(中略)
 よってこの独奏版というのも成り立ちやすいとも言えるし、
 そもそもショパンにとっても実際に演奏することが多かったのは
 こちらのソロヴァージョンの方ではなかったかと思える”。
5月3日の祝日、朝8時開演の演奏会は、
朝・昼・夕べ・夜の四部構成となっており、
終了予定時刻は23時。
15時間に及ぶコンサートだが、
大雨の中、たくさんの聴衆が
東京オペラシティコンサートホールに詰め掛けた。
朝一番から聴く人は、以前よりずっと増えたような気がする。
オペラシティのカフェ、ファーストフード店、共に、
まだ開店前だった。
ソイジョイを1本食べて、席に着く。
横山さんが、マイクを持って登場。
「夜に行ういつものコンサートは、
ドライブのようなものですが、
今日のコンサートは、宇宙旅行です」。
客席から笑い声が起こり、なごやかな雰囲気となる。
「アクシデントがあるかもしれませんが、
生命に危険はありません。
リラックスしてお聴き下さい」。
マイクを置いた横山さんが、ステージに再登場し、
ライトの下、演奏を開始する。
第1曲目、ショパンの「ロンド ハ短調 作品1」。
ショパンの作品番号つき作品の第1曲目(当時15歳)であり、また、
今日の15時間コンサートの第1曲目でもある。
横山さんの長時間コンサートに足を運ぶようになってから、私は、
「まず1曲目」、「はじめの一歩」というものの意義を、
リアルに感じるようになった。
はるかな道のりに向けて、一歩踏み出す。
大勢の人を前にして、たったひとりで、これからステージの上で
演奏し続けるのだ。
全曲暗譜であり、疲労や痛み、睡魔に襲われるかもしれない
長い長い時間。
1曲目を弾き始めたら最後、すべて弾ききるまで続けるしかない
極限の状況。
かつて、あらゆる時代においても、横山さん以外の誰も行ったことのない
壮大なチャレンジ。
このチャレンジによって成し遂げられるであろう大きな大きなものと、
まず最初の1曲を弾く、そして1曲1曲弾き続けていくという、
こつこつ積み上げていく営み。
その隔たりの、何という大きさ。
横山さんは、いつものように弾き始める。
驚いたことに、いや当然のことなのだが、
横山さんは、以前よりいっそう豊かな表現力を持って、
ショパンの生涯の歩みを紐解いていく。
横山さんのこの「全曲連続コンサート」という企画がなければ、
一生、出会うことがなかったであろうたくさんの作品も含め、
私たちは1曲1曲聴いていく。
故郷を奪われ、病気と闘いながらも、祖国への思いを抱き続けたショパン
その思いを、横山さんの紡ぐ音の中に聴く。
横山さんと私たち聴衆が体験した特別な時間の、その密度の濃さ。
朝、昼、夕べと時は流れ、夜も深まった頃に演奏された
ソナタ 第3番 ロ短調」。
ずっとずっとショパンの歩みをたどり続け、
ショパンの思いに寄り添ってきたからこその
深い感動があった。
終演後、聴衆はいっせいに立ち上がり、
いつまでもいつまでも、横山さんに拍手を送り続けた。