声楽家・岡村喬生さんを描く映画「プッチーニに挑む」

私が学生の頃から、岡村喬生さんは著名な方であった。
シューベルトの「冬の旅」を歌うことをライフ・ワークとされていることや、
ひげを蓄えたお顔から、
内に情熱を秘めた物静かな方、とのイメージを
勝手に抱き続けてきた。
ところがこの映画で、80歳を迎えた岡村さんが、
ひとり果敢にオペラの国イタリアに挑む姿を見て、
非常に私は驚き、また、強い感銘を受けた。
このオペラドキュメンタリー
プッチーニに挑む 岡村喬生のオペラ人生」は、岡村さんと、
ドキュメンタリー監督の飯塚俊男さんとの深い信頼関係によって
生み出されたと言える。
プログラムに掲載された「監督ノート」の中で、
飯塚さんは次のように述べている。
「その時プッチーニの『蝶々夫人』の台本が
 いかに日本を誤解しているかを熱く語り、
 本場イタリアで改訂版を上演したい!と
 資金協力を呼びかける姿が
 目に焼きついている。
 台本の間違いは音楽を聴いただけでは
 なかなか理解できなかったが、
 岡村さんが長いヨーロッパ暮らしで味わった
 日本人に対する蔑みを
 絶対に許せない、という強い思いは伝わってきた」。
2011年夏のプッチーニ・フェスティバルで、
蝶々夫人」を、日本の文化や生活習慣に即して
正しく伝える公演を行おうと奮闘する岡村さんに、
なんと現地入りしてから、次々に難題が降りかかった。
岡村さんがそれをどう克服し、上演にこぎつけるかを、
飯塚監督は克明に映し出す。
この「記録」は、将来に渡っても
貴重なものであり続けるだろう。
21世紀の今日においても、未だイタリアから
正しく認識されないままの日本。
国際的、文化的な摩擦の現状。
ひとり立ち向かう岡村さん。
この映画は、音楽ファンだけでなく、
若い方も含めた、多くの方々にお勧めしたい。
また、プッチーニ・フェスティバルで上演した
蝶々夫人」の舞台そのものの素晴らしさも、必見だ。
舞台美術の川口直次さん、友禅作家・衣装の千地泰弘さんは、
国際的に活躍されている重鎮の方々。
さらに、この映画を撮影した高尾 隆さん(1930年生)、
構成・編集をした鍋島 惇さん(1936年生という
大ベテランの方々の存在感も大きい。
なお、岡村さんがプッチーニに挑んだ2011年とは、
東日本大震災が起こった、まさにその年である。
イタリアでの上演は8月。
準備、稽古の真っ最中に大震災が起こったわけだが、
映画の中では、一切触れられていない。
けれども、交通機関の遮断や計画停電など大混乱の中、
どれほどの苦労があったかと思う。
岡村さんの挑戦は、まだ道半ば。
岡村さんが思い描く、完全な形での「蝶々夫人」上演の日が来ることを、
心から願っている。