横山幸雄さん ベートーヴェン シネマ&リサイタル

新宿文化センターで行われたシネマ&リサイタルでは、
前半、ベートーヴェンが主人公の映画「エロイカ」が上映され、
後半、横山幸雄さんにより、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ
「テレーゼ」、「月光」、「熱情」が演奏された。
(アンコールでは、さらに「悲愴」、「テンペスト」も演奏)。
エロイカ」は、ベートーヴェン生誕180年を記念して
1948年にオーストリアで制作された白黒・モノラル映画。
その中で流れるベートーヴェンの作品は、
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ウィーン交響楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団、ウィーン少年合唱団によって演奏されている。
往年の大指揮者クナッパーツブッシュの名演がこのような形で聴けるのは、
貴重な体験だ。
ベートーヴェン役のエヴァルト・バルザーの演技には心打たれるものがあり、
また、雰囲気もベートーヴェンそのもので驚いたが、
ベートーヴェン役を得意としたのか、
同じくオーストリア映画シューベルトが主人公の「未完成交響楽」でも、
バルザーはベートーヴェン役で出演したという。
物語では、ベートーヴェンの、自らの芸術性を追求し自由な精神を尊ぶ信念や、
耳が聞こえなくなる病にかかったことの絶望と再び希望を見出すまでの道程が、
説得力を持って描かれる。
また、ベートーヴェンにとって最も重要な存在であった二人の女性、
テレーゼ・ブルンスヴィク伯爵令嬢、そして彼女のいとこである
ジュリエッタ・グィチアルディ伯爵令嬢とのエピソードも、
美しく切なく描かれている。


(「ジュリエッタと相思相愛となり、結婚したら幸福になれるだろうと考えたが、
残念ながら身分が違い過ぎる」、
と友人に綴ったベートーヴェンの手紙があるそうだが、
1800年に出会った時、ジュリエッタはなんと15歳!
ベートーヴェンは14歳も年上で、もう30歳という年齢だった。
ふたりの恋は実らず、ジュリエッタは3年後の1803年、
ガレンベルク伯爵と結婚し、イタリアに渡ってしまったという。
テレーゼは、ベートーヴェンが生涯大切にしたという肖像画に描かれている。
長年、彼と親交があったが、彼の死の翌年に託児所を作り、
生涯独身で仕事を続けたそうだ
なお、テレーゼの妹のヨゼフィーネは、27歳も年上のダイム伯爵と結婚させられた上、
夫の財政上の失敗、さらに結婚5年後の死亡という不幸にさらされ、
非常に若くして未亡人となった。
ヨゼフィーネは数年後に再婚させられるのだが、その間の1804年から1806年、
ベートーヴェンと恋愛関係にあったことが、手紙により
明らかとなっている。
テレーゼがベートーヴェンへの思いを抱き続けたと仮定するなら、
彼がいとこや妹に思いを寄せることは、
大変につらいことだったのではないだろうか)。


後半は、横山幸雄さんによるピアノ・ソナタの演奏。
「テレーゼ」はテレーゼに、「月光」はジュリエッタに、
そして「熱情」は、テレーゼとヨゼフィーネの兄、ブルンスヴィク伯爵に献呈されたものであり、
映画にまつわるソナタが演奏された。
(ハンガリーのブルンスヴィク伯爵は、チェロを演奏する音楽愛好家で、
ベートーヴェンに深く傾倒。
彼を屋敷にたびたび招き、厚くもてなした)。
ソナタ「テレーゼ」は、第1楽章の優しさあふれるメロディーが印象的な、
可愛らしい曲。
私は高校時代から、この曲をとても気に入っているのだが、
演奏会で取り上げられる機会がめったにない。
今回、映画のおかげで聴くチャンスができ、
それも横山さんのピアノによる演奏なので、
本当に幸運だった。
横山さんの紡ぎ出すなめらかで輝くようなメロディー、豊かな響き。
「テレーゼ」の魅力をたっぷりと伝えてくれた。