西成活裕さん著 「思考体力を鍛える」

数理物理学者・西成さんの専門は「渋滞学」。
西成さんご自身が、学問として命名した分野だとのことだ。
高速道路、空港での渋滞、混雑の緩和などはもちろん、
モノづくりの現場での作業効率改善、
さらにはサウジアラビアの依頼による聖地巡礼者の混雑解消など、
西成さんは、様々な問題に取り組んでいるそうだ。
渋滞緩和の解決策を見出すきっかけとなったのは、
「アリの行列は渋滞しない」と気づいたことだというから面白い。
また西成さんは、日本国際ムダどり学会の会長をするなど、
ユニークな活動も行っている。
西成さんは、ひとつの分野だけに突出するのではなく、
ある程度、幅広い知識もあり、深く広く考えることができるバランスの取れた人を、
もっともっと育てていかなければいけない、
そのような人たちは、個人的問題も社会的問題も解決し、
困難を乗り越えることができる、と述べる。
そしてそのような人たちには、「思考体力」が備わっているのだと言う。
西成さんの考える「思考体力」は、六つの力が絡み合い、発揮される。
本書では、その六つの力、自己駆動力、多段思考力、疑い力、
大局力、場合分け力、ジャンプ力について説明し、
それらの力を鍛える方法を紹介している。
「なぜ? なぜならトレーニング」、「言葉つなぎ遊び」など、
ゲーム感覚でできるものばかりだ。
親ができる子供の思考体力を育てるための戦略も、
紹介されている。
西成さんはクラシック音楽が好きで、趣味でオペラアリアを歌うそうだ。
”「思考体力」を鍛えるために、習慣として身につけておきたいのが、
 長いクラシック音楽を聴くことです。
 一曲がだいたい20分から30分程度のものがよいでしょう”
と提案する。
この部分はかなり面白いので、詳細についてはぜひ本書を読んでいただきたいが、
西成さんの普段の音楽鑑賞の特徴は、
作業中に「ながら聴き」をするのではなく、
「何かを考える前に聴く」ということだ。
「頭の中がクリアになっていないと新しい発想はできないのですが、
 クラシックは頭の中をクリアな状態にしてくれるのです」。
オススメは、ベートーヴェンの三大ピアノソナタ
「悲愴」、「月光」、「熱情」だそうだ。
ちなみに、ノーベル賞を受賞した科学者の益川敏英さんも、
趣味はクラシック音楽の鑑賞。
モーツァルトは嫌いで、ベートーヴェンが好きだという。
モーツァルトは(中略)やりっぱなしで磨きをかけてない。
 推敲していないんです」。
「(ベートーベンは)非常にいいメロディーを、ちゃんと自分で生み出していて、
 それをさらに推敲しているわけ。
 その点、モーツァルトは自分の中に思い浮かんだメロディーの
 面白さに酔っているだけ、という気がしますね」。
(山中伸弥さん、益川敏英さん共著 ”「大発見」の思考法”より)
科学者、画家などは、BGMで流す音楽としてモーツァルトを好む
とはよく聞く話だが、
益川さん、西成さんの好み、聴き方は違うようだ。
西成さんは、
「まるで脳の中の圧力を高めるような感じで、ぐっと考えます。
 粘って、粘って、数日間考え続けると、(後略)」
というほど深い思考をするとのこと。
このような西成さんには、きっとベートーヴェンがぴったりとくるのだろう。
西成さんの思考の作法とは次のようなものだ。
「私は今でも週に三回くらいは研究室でパソコンや本を閉じて音も遮断し、
 鉛筆を握りしめて、机の上に置いた紙と向き合っています。
 そして、三時間くらいずっと考えています。
 そこから生まれるのが、自分のオリジナルのアイデアです。
 試してみてください。
 最初は難しいかもしれませんが、あきらめずに続けているうちに、
 自分の中から湧き出てくるものを感じるはずです」。
西成さんは、一方では耳を傾け、集中して音楽を聴き、
また一方では自分の身体を使い、五感を働かせてオペラアリアを歌う。
音楽と、とても親しくつき合っていると言える。
その西成さんが、クラシック音楽は単に楽しみやリラックスの手段ではなく、
どんな困難も乗り越えていかれる「思考体力」のベースを作る、と言い切るので、
私としては大いに注目したい。
なお私は、クラシック音楽には、すでにかなり親しんでいるので、
「発想力を鍛える」と西成さんオススメ、心理学者・多湖 輝さんの大ベストセラー、
「頭の体操」にチャレンジすることにしよう。